甑岳観音寺の歴史

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甑岳観音寺の歴史

顕密修験一体の教え
甑嶽観音寺は、山形県村山市と東根、尾花沢市に跨る甑岳(標高1,016m)山中にあった修験寺院です。村山市楯岡開端寺所蔵の古文書「楯岡町歴史」の一節に、この霊山甑岳に関わる次の様な伝承が記されています。今からおよそ1300年前の奈良時代、大化四年(648年)に道照上人が霊像を安置し、甑岳が開山しました。
その後、弘法大師が来錫し、密教がこの山に伝来しました。追って慈覚大師も来山し、円教を伝えました。役行者の修験の法流は理源大師がこれを伝えました。にわかに信じ難い伝承ではありますが、ともかくもこうして甑岳に顕密修験一体の教えが備わったのです。

甑岳は日本の鬼門
また甑岳は出羽盆地の東北に位置し、鬼門に座す霊山として崇められて来ました。甑嶽山観音寺は、明治以前は最上三十三観音の三十六番目の番外の最終打ち止め札所として、この地の人々から広く信仰を集めて来ました。
かつて山中に祀られていた観音菩薩に、人々はこぞって登拝したので、山は大いに繁昌したという事です。
今ここに こしきの岳の 跡たへて
あらむかきりの 雨を乞ひせよ

 伝えられている御詠歌から、雨乞いが盛んに行われた事が伺われます。農耕の地にあって作柄を左右する大切な行事が行われていた事は、その霊験があらたかだった事を裏付けるものです。

神仏習合のタイムカプセル
甑嶽山観音寺は、開山以来、霊峰(両部)と呼ばれてきた修験の行者たちが蓄積してきた古来からの行法(古流修験法流)を失う事なく、タイムカプセルの様に今日に伝えています。一部が不届き者の手により盗難にあう被害を受けましたが、私は甑岳山観音寺の古文書およそ600点を分類し、次第をおこし実践してきました。当初は、これら古文書を研究機関や図書館に寄贈しようと思って参りました。しかし、これらの古文書を単なる記録資料としてではなく、法として残す事が使命であると考え、公開して参りました。

 十年余りに渡る活動を経て、甑嶽山観音寺が単立の宗教法人を取得(平成17年11月14日)したのを受け、古流修験本宗を立宗しました。古流修験本宗は甑嶽山観音寺が伝承する雑密の体系である古流修験法流の継承と実践を通して、済世利人に努める事を目的とし